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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1697号 判決 1972年1月20日

原告 東都不動産株式会社

右代表者代表取締役 市川義雄

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 秋山昭八

被告 小林定一

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 中村源造

桜井英司

被告 斉藤袈裟雄

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 瀬尾信雄

主文

一  原告らの各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

原告に対し、

被告小林は、別紙第一目録(一)記載の建物を収去して、同第二目録(一)記載の土地を

被告寺林は、同第一目録(二)記載の建物を収去して、同第二目録(二)記載の土地を

被告斉藤は同第一目録(三)記載の建物を収去して、同第二目録(三)記載の土地を

被告碇谷は同第一目録(四)記載の建物を収去して、同第二目録(四)記載の土地を

被告河内は、同第一目録(五)記載の建物を収去して、同第二目録(五)記載の土地をそれぞれ明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

旨の判決ならびに仮執行の宣言

(被告ら)

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは別紙第二目録記載の土地(以下本件土地という)の共有者である。すなわち、本件土地はもと訴外宝田りんの所有であったが、本件土地につき昭和三七年一一月二〇日付で設定登記をした根抵当権者増田政治の抵当実行のため、東京地方裁判所において昭和四〇年四月一二日競売開始決定がなされ、原告ら三名が競落し、同年一一月一八日付で競落許可となり、同年一二月一六日付をもって原告ら三名のために所有権移転登記がなされたものである。

2  被告小林は、本件土地のうちの別紙第二目録(一)記載の土地(これを本件(一)の土地という、以下これに準ずる)のうえに別紙第一目録(一)記載の建物(これを本件(一)の建物という、以下これに準ずる)を所有することにより、本件(一)の土地を占有している。

被告寺林は本件(二)の土地のうえに本件(二)の建物を所有することにより、同土地を占有している。

被告斉藤は、本件(三)の土地のうえに本件(三)の建物を所有することにより、同土地を占有している。

被告碇谷は、本件(四)の土地のうえに本件(四)の建物を所有することにより、同土地を占有している。

被告河内は、本件(五)の土地のうえに本件(五)の建物を所有することにより、同土地を占有している。

3  よって、原告らは被告らに対し、土地所有権に基き、事実の第一に記載したとおり、建物収去、土地明渡の判決を求める。

二  請求原因に対する答弁

請求原因12の事実は認める。

三  被告らの抗弁

1  占有権原の抗弁

被告らは、つぎに述べる(一)ないし(三)の事実からして、その賃借権をもって原告に対抗することができるものである。

(一) 被告らは本件土地に増田政治のため根抵当権が設定される以前に(被告小林、同寺林、同斉藤は昭和二七年中に、その他の被告らは昭和二八年中に)前記宝田りんの被相続人亡宝田金五郎から、それぞれ本件(一)ないし(五)の土地を賃借し、その土地上にその頃それぞれ本件(一)ないし(五)の建物を建て爾来家族とともにこれに居住し、これを生活の本拠として来たものである。そして、原告らが本件土地を競落した当時は、宝田金五郎の相続人宝田りんとの間で賃貸借が有効に存続していた。

(二) 原告らは、競落取得当時、本件土地につき被告らが賃借権を有することを知っていた。

(三) また、被告小林、同寺林、同斉藤および同碇谷の四名については、以下述べるように増田政治のため前記根抵当権が設定される以前に、本件各建物に表示登記がなされていたから、被告らは前項の各賃借権をもって原告に対抗することができる。すなわち、

(1) 被告小林については、本件(一)の建物は、昭和二七年七月二六日に新築され、その所有者が被告小林である旨が昭和二八年六月六日附をもって、

(2) 被告寺林については、本件(二)の建物は昭和二七年七月一日に新築され、その所有者が同被告の実父寺林吉郎の所有である旨が昭和二八年一二月一二日附をもって

(3) 被告斉藤については、本件(三)の建物は、昭和二八年四月三〇日新築され、その所有者が被告斉藤である旨が昭和二八年七月一五日附をもって

(4) 被告碇谷については、本件(四)の建物は昭和二七年四月六日新築され、その所有者が同被告である旨が同年七月一五日附をもって、それぞれ旧家屋台帳に登録されたものであるが、その後昭和三五年法第一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律の制定に伴い、表示登記の制度が新設されたので、昭和三六年一二月一九日に登記官が職権により右各建物につき建物登記簿の表題部の用紙に右家屋台帳の記載を移記することにより、それぞれの建物の表示登記がなされるに至った。しこうして、その後、右被告四名のうち、被告寺林は昭和四〇年七月一六日附をもって、被告斉藤および被告碇谷はいづれも昭和四一年一月二九日附をもってそれぞれ前記各所有家屋につき保存登記をなした。

(四) なお、被告河内については、昭和四一年一月一八日本件(五)の建物につき新築による表示登記をなし、同年同月二四日附をもって保存登記をした。

2  権利濫用の抗弁

かりに前記占有権原の抗弁が理由がないとしても、左記諸点からして原告らの本訴請求は権利の濫用として排斥せられるべきである。

(一) 被告らはいづれも本件各建物を生活の根拠としているものである。そしてもしこれが収去されるとすれば、資力もないため忽ち路頭に迷う者達である。

(二) これに引きかえ、原告らはいずれもいわゆる競売ブローカであり、法形式の上から賃借権等を対抗できない土地の競売公告を探してこれを安価に競落し、不当な暴利を貪ることを常としているものである。本件もその一例であり、原告らは本件各土地を自ら使用する必要もないのに暴利を貧るために競落したものである。

(三) 被告ら代理人の調査によると、原告らは、東京地裁に関する分だけでも、別紙第一ないし第六係属事件一覧表記載のとおり、昭和三九年四月から昭和四四年四月に至るまでの間に、実に四七件もの多数の建物、土地の権利をめぐる訴訟事件につき、或は原告として、訴を提起し、また、ときには被告として応訴しているのである。

(四) 原告らは、競売公告等をみることにより、被告らにおいて本件各土地を賃借中であること知りながら競落したものである。

四  抗弁に対する答弁

1  占有権原の抗弁に対し、

(一)の事実は知らない。

(二)の事実は否認する。

(三)および(四)の事実は認める。しかし、かりに被告河内を除くその余の被告四名において、土地賃借権を有するものと仮定したとしても、本件の抵当権の設定登記がなされる前に本件(一)ないし(四)の建物になされたのは保存登記ではなく、表示登記に過ぎないから、これら被告四名は建物保護法による対抗力を取得しない。したがって、同被告らは本件各土地を競落した原告らには、その賃借権を対抗することはできない。

2  権利濫用の抗弁に対し

抗弁事実中(一)、(二)および(四)の事実は争う。(三)の事実は認める。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求原因1および2の事実は当事者間に争いがない。

二  占有権原の抗弁について

そこで、被告らがその主張の土地賃借権をもって、競落人である原告らに対抗できるかどうかを考える。

(一)  (賃借権の存在)本件(一)ないし(五)の土地につき根抵当権設定登記がなされた昭和三七年一一月二〇日以前から、被告らがこれらの土地につき被告ら主張のとおりそれぞれ賃借権(設定者は原告の前主宝田りんの被相続人宝田金太郎)を有していたことは、≪証拠省略≫によってこれを認めるに十分である。

(二)  表示登記による土地賃借権の対抗力

被告河内を除く被告四名に関する抗弁1のうち(三)の事実は当事者間に争いがない。これによれば、これら四名については、根抵当権が設定された時点の前である昭和三六年一一月一九日において、その所有建物(本件(一)ないし(四)の建物)につき旧家屋台帳に登録された記載が建物登記簿の表題部に登記官の職権によって移記されたことが明らかである。

当裁判所は、不動産登記法の新法施行に伴い、旧家屋台帳の移記によってなされた右表示登記は、新法の下で申請によりなされる表示登記と同じ効力を持つものと考えるし、また、建物保護法で要求され、対抗力が認められる建物の登記については、反対説もあるが、新法による表示登記も含むものと解する。けだし、新法による表示登記には、建物の所在、家屋番号、種類、構造用途、床面積、原因及びその日付、登記の日付が記載されるほか、建物所有者の住所氏名が記載されるのみならず、その申請、登載、登記の変更については登記法上かなり厳格な手続が要求されているので、その公示作用において、その信頼の可能性は所有権取得登記になんら劣るところがないと考えられるからである。

以上の見解に立つときは、被告河内を除くその余の被告四名については、その土地賃借権をもって、土地の承継取得者である原告らに対抗できるものというべきである。しかしながら、被告河内については、前記根抵当権設定登記の時点より前に、表示登記または所有権取得登記をしたことについての主張立証がないから、その土地賃借権をもって原告らに対抗することはできない。

ちなみに、原告らが本件(五)の土地を取得した当時、同土地につき被告河内がその賃借権を有することを知っていたとしても、そのことだけからして、同被告が賃借権を対抗できるという結論は導き出すことはできない。

三  権利濫用の抗弁について

注 (被告河内を除くその余の被告四名については、前記二に述べたところからして、権利濫用の抗弁については判断する必要はない筈であるが、表示登記に対抗力を認める前記解釈には反対説もあって、まだ通説化していないことを考え、被告河内についてのみならずその他の被告のためにも判断を加える。)

(一)  昭和三九年四月から昭和四四年四月までの間に、原告らのうち、三名もしくは二名が共同で、またはうち一名が単独で、別紙第一ないし第六事件一覧表記載のとおり、土地建物の権利をめぐる当庁係属の四七件の民事訴訟事件につき、原告として訴を提起し、(この分が三七件)または被告として応訴している(この分が一〇件)ことは当事者間に争いがない。そして、これら四七件のうちの三〇件については、それぞれの事件の訴状、答弁書、準備書面として、≪証拠省略≫が提出されている。これらの書証を仔細に検討すると、本件と同様、原告ら三名が共同して、あるいはそのうちの一名が単独で、もしくは二名が共同して、土地建物を競落してその所有権を取得したことが紛争の端緒となっているものが殆んどすべてであり、相手方当事者から本件と同様または同趣旨の権利濫用の抗弁が提出されているものがかなり多くあることが認められる。前記争いのない事実にこの認定事実、加うるに原告ら三名の各供述(原告会社については代表者本人の供述)ならびに弁論の全趣旨を総合して考えると、原告らは、いずれも、巷間にいう競買ブローカーとして、自己使用の目的もないのに、競売公告などにより知り得た土地建物等を競落し、あるいは関係者と交渉することにより、あるいは競落物件を売却することにより、多大の利益を博している者であることが認められる。

(二)  右認定事実と≪証拠省略≫とによれば、競落物件たる本件(一)ないし(五)の土地につき、被告らがそれぞれ賃借権を有し、その各地上にそれぞれ本件(一)ないし(五)の建物が存在することが附記された競売公告が新聞紙や業界紙(なかんづく金融内報)に掲載されていたのであるから、原告らは、かかる事実を熟知していたものと認められ、しかも、原告らは本件各土地上に存在する本件各建物に所有権保存登記のないことを確め、つまり、被告らの土地賃借権には建物保護法による対抗力がないことを知ったうえで、本件各土地を競落したものと認めることができる。

原告らは(原告会社についてはその代表者)、その本人尋問において、将来原告会社が営む製綿業の拡張に伴い、従業員の宿舎建設用地として本件各土地を競落したのであり、本件各土地に被告らの建物が存在し、借地権のあることは知らなかった、などと述べているが、右供述部分は前認定の各事実に照らして、軽々に信用することができず、本件の競落も、ひっきょうするところ、前記各賃借権に対抗力のないことに着眼し、弁護士を使って訴訟により建物収去土地明渡を敢行し、もって、不当な利益を貪ろうとしたためになされたものと認めるのほかはない。

(三)  最後に、被告らがいずれも、余分な資力もなく、家族とともに、それぞれ本件各建物を生活の本拠としており、万一、建物収去土地明渡を受けるならば、家族を含む被告らの平和な生活が一朝にして奪い去られるであろうことは、被告ら本人の各供述と弁論の全趣旨に徴して明らかである。

(四)  以上認定の各事実を総合して考えると、原告らの本訴各請求は、いずれも、権利行使の正当な範囲を逸脱したいわゆる「権利の濫用」にあたり、裁判所による権利保護を受けるに値しないものである。

四  (むすび)以上の次第で、原告らの本訴各請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎)

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